書籍・雑誌

2009年6月 8日 (月)

ブラックマーケットブルーズでオマエを :いーじゃん!J-POP

数日前の話題なのだが、9mm Parabellum Bulletがミュージックステーションに出てたね。

ビックリしたわ~。まさか9ミリが出るとは思わなかった。しかもアテフリじゃないとは…

またこの言葉を使うけれど、いわゆる「ロキノン系」でMステに出ることに違和感がないのは東京事変とGOING UNDER GROUNDくらいだよなぁ。ゴーイングはどうしていまいち知名度がないんだろう。

ストレイテナーのときもそうだったけど、Mステにこの手のバンドが出演する時の、「今最もチケットが取りにくいバンド!!」という触れ込みは何なんだ。知ってる人も知らない人も反応に困るだろと思う。

最近、マーティ・フリードマン著「いーじゃん!J-POP」(BP出版)を読んで、日本の音楽に対する考え方が少し変わった。だってマーティーがあまりにもJポップをベタ褒めするもんだから。

この本は主に著者の生い立ちと、雑誌で連載していたJポップのレビューコラムで構成されている。特にレビューは読み応えがある。かなり幅広いジャンルの音楽を聞いているみたい。松田聖子からハロプロからヒップホップ、ヴィジュアル系まで、とにかく何でも。

自分なんか、聞く音楽のジャンルはかなり限られてしまっていて、例えば女性ソロシンガーとかアコースティック系の人たちの音楽なんかはほとんど聞かない。別に嫌いとか軽蔑してるとかそういうわけではなくて、やっぱりギターサウンドが好きだからそっちにばっかり行ってしまう。

けれどマーティは違う。色々な音楽を「きちんと聴いて」評価している。

マーティ曰く、「J-POPはレベルが高い」らしい。その環境に慣れすぎて、我々日本人はJポップのレベルの高さに気付いていないそうだ。ジャンルの幅の広さ一つをとってもそう言えるんだって。

そして一つ言えるのは、音楽をジャンルにこだわって聴いていないということ。

ロキノンもヴィジュアルも、マーティにしてみればみーーーーんなJ-POP。日頃いかに自分が凝り固まった音楽の聞き方をしているのかということを思い知らされた。「J-POP」というネーミングの通り、日本の音楽はかなりポップなんだろうね。ポップとは何かっていう話はだいぶ難しいんだけど、メロディの覚えやすさ、キャッチーさが一番の特徴かなぁ。日本でこれだけカラオケが人気なのも頷ける。

正直「この手の音楽ってちょっとな…」と思うようなものも個人的にはあったりするけど、実は食わず嫌いならぬ聞かず嫌いなのかもなと思った。知らないって怖い。

自分の好きな音楽こそ至高と思っていて、それ以外の音楽をボロクソに叩く人がたまにいるけど、(ロキノン系のファンに多い、それで逆に叩かれたりする)そういう人にはぜひこの本を読んで欲しいと思う。それで音楽には上も下もないことを実感したらいいのではないだろうか。かくいう自分も少し反省した身なので。別にJポップと言われるジャンルを叩いていたわけではないが、ヒットチャートを見て、「よくわからんなー」とか思ってしまうことがあったりするので。そういう自分マイノリティでかっこいい!とか思っているわけではないよ、決して。

しかしこの本を読んだからといって、すべての邦楽が素晴らしいと思えるようにはならないだろうなぁとも思う。そこは好みの問題なので仕方ない。

なぜ今日この記事を書いたかというと、マーティは9mmのファンだから。前にタモリ倶楽部で「どんな音楽を聞くの?」と聞かれたPerfumeが、「最近は9mm Parabellum Bulletさんです」と言ったとき、その中にいたマーティだけが「9mmいいよね!僕大好き」と言っていたのが印象に残っている。9mmって実はかなり「日本らしい」バンドだよな。

「いーじゃん!J-POP」は、音楽のあり方が変わってきている今、改めてJポップを見つめ直す機会となる、なかなか面白い本だった。

ところで9mm武道館決定か。これは行かなくては。

あ~いつか9mmの曲コピーしてみたい。

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2008年7月23日 (水)

Die Verwandlung

カフカの「変身」(岩波文庫 山下肇・山下萬里 訳)を読んだ。

二日間電車の中で一気に。

大学でドイツ語を専攻しているのに、ドイツ文学は正直H.ヘッセくらいしか読んだことがなかった。

中学生のときに、教科書でヘッセの「少年の日の思い出」を読んだ方は多いのではないだろうか。

主人公が友人の蝶の標本を壊してしまう話である。

この話を授業でやった時、主人公の気持ちはどのようであったかと問われて発表した解答がテストのときに同じ問いの選択肢の中に入っていたのはいい思い出。

この話も含めて、またヘッセの短編が読みたくなったので近々図書館で借りてこようと思う。

話をカフカに戻す。

「変身」を読んだ感想は…とにかく驚いた。予想していた終わり方とは全く違った。

以下ネタバレ有りです。

自分はわりと主人公に感情移入して読んでいたので、終わりには衝撃を受けた。

今までの人生で映画・本・漫画などに一度も泣かされたことのない私が、少し泣きそうになってしまった。主人公の気持ちを考えると辛くて。

最初は虫になってしまったザムザ・グレゴール(グレーゴルとする訳が多いようだが私が読んだ岩波の改訂版はこのようになっていた)が方向転換をするところで父親がステッキで方向の指示をしてくれた場面等で少しクスッと来たりしたものの、それから先はもう切なくて仕方がなかった。

もし自分もある朝急に虫になってしまっていたら、家族はどのような態度をとるだろうか?

こちらに人間であった頃の記憶があろうとなかろうと(或いはあると思っていようと思っていなかろうと)まるで触れてはいけない化け物のように扱うのだろうか?

グレゴールの家族は深い深い苦悩に苛まれる。

グレゴールの存在理由は家族を養う金を稼ぐことだけであったのだろうか?

家族とは自分がどのような状態になっても無条件で愛してくれる存在ではないのだと思った。この世に自分を無条件で愛してくれる人などいない。人は皆一人なのだ。

グレゴールが虫になってしまっただけではなく、その家族までもがそれまでとは全く異なった「変身」を遂げてしまったのである。

虫になることが「些細なこと」かどうかは分からないが(むしろその逆であろう)、人間同士の関係なんて、ほんの些細なことで崩れてしまうのである。家族でさえカフカが描いたようになってしまうのだとしたら、ましてやそうでない者同士の関係の結びつきなどなんて薄弱なものなのだろう。

恋人同士がいくら「私達の関係は永遠」と言ったって、いつ、それもどんな理由で終わりが来るか分からない。「私達親友だよ」と言ったって、いつ裏切りが起こるか分からない。それは私がもうずっと前から漠然と感じていたことである。だから私は軽々しくこのような言葉を使ったりはしない。でも人の気持ちが変わったり、関係が終わってしまうということが良くないことだと思っているわけではない。それによって自分が過度に傷ついたりしないための自分なりの予防線なのだと思う。

やがてグレゴールの衰弱死によって新しい生活を始めるザムザ一家の姿で物語は終わる。

グレゴールに対してあんまりではないかという思いが拭い去れず、どうしても後味が悪く感じてしまった。そんな感想しか持てない自分が嫌になる。

「変身」と一緒に収録されていた「断食芸人」も読んだ。これも好きな部類の話だ。感想を書くと長くなってしまうので割愛する。

しかしこの本を読んでみて思ったが、カフカ嫌いじゃない。むしろ好きな部類に入る。寡作なのが惜しい。

こういった救いのない終わりをハッピーエンドより好むとは、へそ曲がりな性分なのかも知れない。或いはマゾヒズムによるものかも知れない。

最近読んだ本で言えば例えば…正直「ベロニカは死ぬことにした」(この本を今頃読んだ自分も情けないが)のラストには失望した。あえて書かないが。この本のファンの方ごめんなさい。私なんて偉そうなこと言える立場じゃないクソ虫です。話は面白かった。

最後に、訳者の方のあとがきがあったが、それが大変興味深かった。

「夢」は原文では複数形だが、日本語は単数と複数を区別しない。

そこで訳者は「夢が続いて」と工夫した。よく何本立てかの夢を見ることがあるが、このときグレゴールの見た夢も一つではなかったのである。

…というエピソードなどを知った上で読むといっそう面白い。いつかは原文で本が読めればなと思うが道は遠そうだ。

とりあえずこの夏休みは英語とドイツ語の勉強をしよう。そう誓った日であった。

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2008年4月19日 (土)

短歌って とっつきにくいと思ってた この本読んで それが変わった

先日、桝野浩一の「ショートソング」を読み終えた。

そもそも、この本を読もうと思ったのは中村佑介さんの表紙がきっかけだった。

私はASIAN KUNG-FU GENERATIONのCDジャケットのイラストを見て中村さんのファンになった。イラストレーターである一方、ミュージシャンでもあり、S▲ILS(セイルズ)として音楽活動をしている。

少女(特に横顔)を描くことが多く、その少女の体を縁取る滑らかな線が美しい。また、(作品にもよるが)カラフルな色使いが見る者を楽しませる。

最近は赤川次郎の文庫本の表紙も手がけていて、本屋で彼の絵を見かけることが非常に多くなった。

そういうわけで、中村佑介さんの絵が表紙を飾っている本は(図書館で)見つけ次第読むようにしている。貧乏学生なので、図書館にはお世話になっている。CDも借りられるので古いロックの名盤なんかはだいたい図書館で借りている。しかし中村さんが表紙を手がけている本は結構人気があって、なかなか借りられないんだコレが。資料検索をかけても予約30人待ちだったりする。…予約する気になれない。

前置きが長くなったが「ショートソング」の感想。

ハーフで俗に言うイケメンだが内気な大学生・国友克夫が、大学の先輩・舞子をきっかけに短歌と出会う。舞子の所属する短歌の会には天才歌人(しかもプレイボーイ)の伊賀寛介がいた。対照的な二人の視点で書かれた青春短歌小説だ。作者は実際に歌人であり、本書は初の長編小説。宮藤官九郎氏が解説短歌を寄稿している。

会話文が多く、国友克夫と伊賀寛介それぞれの語りでストーリーが進んでいくのでとても読みやすい。小説という感じはあまりしなかった。

登場人物の個性が強く、「現実にいたらこんな感じの容姿なんだろうなぁ」と、いつの間にか勝手に頭の中で人物のイメージを作り上げていた。場面から情景をイメージするのが楽しい本だと思う。

物語の中で、登場人物が詠んだ短歌として実際の歌人の短歌が引用されている。

短歌と言うと、石川啄木とか正岡子規とか北原白秋といったイメージが強いが(少なくとも私はそうだった)、この本に載っている短歌はほとんどが口語で詠まれたものである。字余り・字足らずも多い。ダジャレとも言える言葉遊びだったり、少し大げさな表現だったり、比喩が巧みだったり、読んでいてどれも非常に面白い。なんとなく、自分の不甲斐なさ、情けなさを詠ったものが多い気がする。笑える自虐やネガティブな感情はネタになりやすいのかもしれない。また、ふだん私達が漠然と思っていることがうまく五七五七七に凝縮されている歌に出会ったとき、何とも言えないすっきりとした気持ちを覚える。

もちろん短歌は古くからあるものだし、究めようと思ったらきりがないくらい奥が深いのだと思う。しかしそれと同時に、難しく考えずに誰もが簡単に始められるのも短歌という文芸の特徴だということがわかった。この本を読めば、誰でも短歌に興味が湧くと思う。現に私もその一人で、思いついたら書きとめようと思うもののいかんせん発想が乏しく、いいアイデアが浮かんでこない。いい歌を作ろうとするからこうなるんだろうなぁ。言葉を上手に操れない自分が嫌になる。

そういえば以前、高校の国語の授業で学生短歌を読んだ。東洋大学が編集したものだったと思うが、あれもなかなか面白かった。恋愛を詠ったものが多かったような気がする。思い人との微妙な距離感とかやきもきする感情は短歌にはぴったりかもしれない。こんな歌、自分には詠めそうにないなと思った記憶がある。……今もその気持ちは変わらないが。。

短歌は主に実体験をもとにして詠まれるようだ。よって読み手の心を掴む短歌を作るためには、感受性や国語力も必要だが、それ以上にさまざまな経験というものも大事かもしれない。とくに青春の思い出ね。実際この本の登場人物は青春真っ只中だし。その点私はまだ人の心を惹きつける短歌は作れないなと思った。

とにかく、小説としても、短歌の入門書としても、「ショートソング」は読んで損はないと思う。本の最後に引用短歌がまとめてあるが、そこだけ読んでも充分面白い。

余談だがタイトルを五七五七七にしてみた。短歌とは言えないけれど。

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